現世ではそろそろ一ヶ月になろうかとしていた。暑い日差しもようやく和らぎ寂しげな
秋の始まりを予感させる風があたりに吹き渡っている。
「文祭に間に合うんだか」
 そう一人言を洩らし夕香は溜め息を吐いた。今は学校にいる。月夜がいないゆえに任務
もない。それに文化祭が近づいているからサボろうとする前に電話がかかってくるのだ。
「……」
 今は授業中だ。いつも、授業中には月夜がいつもいる屋上の一角を陣取ってサボってい
る。
「月夜」
 我知らずにもれたその言霊に答えるはずの人はいまは異界で仕事中。あとどれくらいで
帰ってくるかも知れない月夜に夕香は思いを寄せていた。
「姐さん?」
 呼ばれて顔を上げると和弥がそこにいた。和弥もサボるのかと思って溜め息を吐いた。
「藺藤のやつ、まだかえって来ないのか?」
 その声に頷いて溜め息を吐いた。空を見上げると見事までに晴れ渡っている。夏の暑さ
はもう過ぎ去って涼しい風が吹いている。その風に胡桃色の髪を靡かされてそっと髪を押
さえた。
「どれぐらいで戻るって言ってた?」
「重陽の節句までには返ってくるって言ってたけど」
 明後日なんだよねとぼやいた。和弥は肩を竦めて屋上のフェンスに寄りかかって空を見
上げた。
「じゃあ、そろそろ帰ってくるんじゃないか? そんなに気になるんなら上の人に聞けば
良いじゃん」
「聞いても無駄なんだよ。異界任務じゃあ」
 その言葉は暗い。どうした物かと考えて異界に仕事に行った親友をふと思った。そして。
夕香が元気だったのは月夜がいたからなのかとふと思った。
 和弥がそんな思考に陥っていると走らずに夕香は目を伏せて胸に手を当てた。
 感じている。彼が自分の事をいつも思っていることを。自分も彼のことを思っている。
だが、その心は彼に届いているのだろうか。
 いつも思わない事が急に溢れ出して耐え切れなくなりそうだった。耐え切れなくなりそ
うな分を溜め息に混じらせて吐くと目を伏せた。
「あんた、授業サボってていいの?」
「ああ。一回ぐらいは平気だ。栄治みたくしょっちゅうやってないしな」
「あれはもう例外でしょ。あんなんでよく停学とか留年とか退学とかにならないよね」
「それは不思議だな」
 いくら三馬鹿といえども本当に馬鹿をやっているのは栄治だけだ。それに巻き込まれて
三馬鹿といわれているだけだ。要は疫病神。でも、彼らはそう思わずによく一緒にいる。
それは気が合う友だからであるし親友でもあるからだ。
「まあ、お前のほうがやばいと思うけど」
「あたしは別に良いよ。退学になれば任務に打ち込んで金もうければ良いし。それに月夜
がいるからねえ」
 それは最終兵器だけどと肩をすくめる夕香に元気が戻り始めたのをみて和弥はそうかと
穏やかに頷いた。夕香に元気がないとこっちまで調子が狂う。和弥はふっと顔を緩ませて
終業のチャイムに顔を引きつらせた。
「やっべ」
「どうしたの?」
「深華忘れてた」
「なんか約束でも」
 と、思っていると、和弥の幼馴染であり、あくまで恋人候補の女子生徒、深華が屋上に
上ってきた。
「ご愁傷様」
 そういうと夕香は術を使って姿を消した。相手に知覚されないようにするためだ。近く
にいると感じられたらとばっちりを食らう。
「そんなあ」
 情けない声を上げて向かってくる鬼から逃げようと昇降口めがけて走っていった。
「ちょ、待ちなさいよ、バ和弥」
 騒がしく屋上を後にした二人の背を見送って夕香は溜め息をついて屋上から見える景色
を目に映した。
「月夜」
 そのつぶやきは冷たさをはらんだ生暖かい風にさらわれていった。


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